仏教の教え WEB講座
仏教は安らぎの教えです。
安らぎとは何か、安らぎに至る道は何なのか、ブッダが説いた教えに触れてみましょう。
第1回WEB講座 仏教とは何か
1.仏教とは
約2500年前にインド・ネパール付近で生まれたお釈迦(しゃか)さまは、病気や老い、死、愛する人との別れといった苦悩を乗り越える道を求め続け、ついにあらゆる苦しみを超えた『安らぎ』に到達しました。さらに自らが到達した安らぎに至る道を人びとに説き始めます。
お釈迦さまの教えは苦しみ悩む人びとにとって暗闇の人生に掲げられた灯火(ともしび)となりました。お釈迦さま(ブッダ、仏)によって説かれたその教えを「仏教」といいます。
2.お釈迦さまは何を説いたのか
まずはお釈迦さまが説いた教えについて考えてみます。お釈迦さまが到達した安らぎとはいったいどのようなものだったのでしょうか。またお釈迦さまの教えと世間一般の考えではどのように違うのでしょうか。
そのことを知るために次のお経を読んでみましょう。このお経に出てくるダニヤはたくさんの牛を所有している資産家です。古代インドにおいて牛は財産でした。数カ月続く長い雨期が始まる季節に、ダニヤと「師」つまりお釈迦さまは雨の対策について対話をします。
スッタニパータ ダニヤ 『ブッダのことば』 中村元訳 岩波文庫
(一部、要約・文章の組み換えをしています)
牛飼いダニヤがいった、
「わたしはもう飯を炊き、乳を搾ってしまった。マヒー河の岸のほとりに、わたしは(妻子と)ともに住んでいます。わが小舎(こや)の屋根は葺かれ、火は点されている。神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」
師は答えた、
「わたくしは怒ることなく、心の頑迷さを離れている。マヒー河の岸のほとりに一夜の宿りをなす。わが小舎はあばかれ、火は消えた。神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」(中略)
牛飼いダニヤがいった、
「幼い仔牛も、若い牛も、成熟した牛もいる。牛を繋ぐ杭はしっかり打ちこまれている。新しい縄はしっかりなわれており牛が断ち切ることはないだろう。神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」
師は答えた、
「幼い仔牛も、若い牛も、成熟した牛もいない。縄は断ち切られた。神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」
忽ちに大雲が現われて、雨を降らし、低地と丘とをみたした。神が雨を降らすのを聞いて、ダニヤはいった、
「われらは尊き師にお目にかかりましたが、われらの得たところは実に大きいのです。眼(まなこ)ある方よ、われらはあなたに帰依いたします。あなたはわれらの師となってください。大いなる聖者よ。妻もわたしもともに従順であります。幸せな人(ブッダ)のもとで清らかな修行を行いましょう。生死(しょうじ)の彼岸(ひがん)に達して、苦しみを滅ぼしましょう。」(中略)
師は答えた、
「子のある者は子について憂い、また牛のある者は牛について憂う。
実に人間の憂いは執著(しゅうじゃく)するもとのものである。
執著するもとのもののない人は、憂うることがない。」
ダニヤとお釈迦さまはどのように違っていたでしょうか。初めにダニヤは「わたしはもう飯を炊き、乳を搾ってしまった」と言います。これはダニヤの生活上の関心が食事や商品などの物質にあることをあらわしています。
そんなダニヤにお釈迦さまは「わたくしは怒ることなく、心の頑迷さを離れている」と答えます。お釈迦さまの関心は物質ではなく精神的な心の問題に向けられているのです。
またダニヤが、屋根を葺き火を点し牛達を縄につないでいる、つまり家屋や財産の雨対策は万全だから安心なのだと言うのに対し、お釈迦さまは、私は守るべきものを何一つ所有していない、雨が降っても降らなくてもすでに安らぎの中にいるのだと答えます。ダニヤとお釈迦さまでは家屋や財産に対する価値観が根本的に異なっているようです。
ダニヤに代表される世間一般的な価値観は、家屋・財産・地位などを積み上げ拡大し握りしめていこうという価値観です。ダニヤはこの価値観で生きてきました。それが幸せにつながると信じていたからです。
ところがダニヤは予想以上の大雨が降るのを見て財産を失う恐怖を覚えました。一方でお釈迦さまは大雨が降る前と同じ安らかな顔をしています。
お釈迦さまの姿を見たダニヤはある事に気付きます。それはどんなに大切な物でも必ずいつかは別れていかねばならないということです。そして別れていかねばならない物でありながら、失うことを恐れて必死に握りしめている自分の姿に気付いたのです。
大雨が降るなど社会や状況の変化によって大切な物は失われていきます。さらに人間は死によって結局はすべての財産を手放さなければなりません。どんなに対策したとしても大切な物を失う不安は常に付きまといます。
そのことを知ったダニヤはどこまでいっても不安から逃れられない自分の生き方に虚しさを感じます。そしてお釈迦さまの姿に真実の安らぎを見出したのです。
お釈迦さまは、執著(しゅうじゃく)のために人は憂うと説いています。
執著とは大切な物を失ってなるものかと握りしめることです。執著は不安や恐怖、貪り、怒りにつながります。独りよがりや争いを生み出し周りの人との関係を難しくします。
安らぎは執著を離れたところにこそあるのです。握りしめた手を開いて手放すことが不安から脱する道なのです。執著することの悲しさに気付く中に、困っている人へ手を差し伸べる行動が生まれ、虚しい争いを止めることができます。
お釈迦さまはこのような安らぎに到達し、人々に安らぎに到る道を説いていました。
3.仏教を学ぶ意味
人生と世界の真実に目覚めてあらゆる苦悩を超えた安らぎに到達した者のことをインドの言葉で「ブッダ」と言います。漢字では「仏(ぶつ)」と書き日本語で「ほとけ」と読みます。お釈迦さまは35才でブッダになりました。
ダニヤはブッダであるお釈迦さまと出あいその姿に感銘を受け、ブッダのように生きたいと願いました。それまでの握りしめる生き方から安らぎを目指す生き方に転じられたのです。
ブッダを我が目標とする人を仏教徒または仏弟子と呼びます。ダニヤは仏弟子になったのです。
私たちは歴史的存在であるお釈迦さまと物理的に会うことはできませんが、今に伝わるお釈迦さまの教えに触れることができます。仏教を学びブッダの生き方に感銘を受けて仏弟子としての新しい人生を始めることができるのです。このように仏弟子としてブッダを目指す人生を歩むということこそが私たちが仏教を学ぶ意味なのです。
浄土真宗で用いられる法名(釋○○)は仏弟子としての名乗りです。法名をいただく帰敬式は仏弟子として生きていくことを宣言する儀式です。
私たちが仏教を学び、ブッダの安らぎを知り、ブッダを目指す仏弟子となる。それはダニヤがブッダと出あったことと同じ意味を持ちえます。私たちが仏教を学ぶということはまさに時空を超えてブッダに出あうことなのです。
第2回WEB講座 お釈迦さまの生涯①
1.お釈迦さまの伝説
お釈迦(しゃか)さまの生涯として伝えられるエピソードにはおとぎ話のような話、伝説的な話がたくさん含まれています。仏教が広まる過程でお釈迦さまの偉大さを伝えようとして伝説化されていったものでしょう。
しかしその伝説はただの荒唐無稽なおとぎ話ではありません。エピソードには仏教の教えを伝える深い意味が込められているのです。
今回はお釈迦さまの生涯をご紹介しながら伝説に含まれる意味を考えてみたいと思います。なお年代や人物像といった伝承の詳細は仏典や研究によってさまざまです。今講座では諸説ある中の一部をご紹介します。
2.シッダールタの誕生
ヒマラヤの南のふもとにシャキャ族の都カピラヴァスツがありました。都の王シュドーダナの妻であるマーヤー夫人(ぶにん)はある夜、六本牙の白い象がお腹の中に入ってくる夢を見ます。夢から覚めたマーヤー夫人は自身が懐妊していることに気付きました。
月が満ち出産が近づいたマーヤー夫人は里帰りの途中でルンビニーの園に立ち寄ります。夫人がアショーカの花に手を延ばしたその時に赤ん坊が生まれました。
赤ん坊は生まれるとすぐに七歩進んで右手で天を、左手で地を指さして
「天上天下唯我尊(てんじょうてんげゆいがいそん) 三界皆苦吾当安之(さんがいかいくごとうあんし)(我はこの世界で最も尊い生き方をするものである。苦悩にあえぐすべての命に安らぎを与えよう)」と宣言しました。
赤ん坊のもとへ集まった神々が花を散らし、二匹の竜が温かいお湯と冷たい水をふりまいて尊い聖者の誕生を祝いました。
紀元前463年4月8日に生まれたこの赤ん坊はゴータマ・シッダールタと名づけられます。日本では「シャキャ族の聖者」という意味の釈迦牟尼世尊(しゃかむにせそん)を略して釈尊(しゃくそん)、またはお釈迦さまとも呼ばれています。
毎年4月8日に行われる花まつりはお釈迦さまの誕生を祝う行事です。花まつりでは白い象に先導されたお釈迦さまの像が用いられます。お釈迦さまの像は右手を上に左手を下にした子どもの姿をしています。お釈迦さまの像に甘茶をかける風習は竜がお湯と水で祝ったことに由来するものです。花まつりはお釈迦さま誕生の様子を再現しているのです。
誕生にまつわる伝説ではお釈迦さまが神格化され人間を超えた偉大な存在として描かれています。それはお釈迦さまが自らの人生の苦しみを超え、さらに人々を苦しみから救いだす聖者であることをあらわすものでした。
特に生まれてすぐ七歩進んだ伝説はお釈迦さまがブッダとなり六道輪廻(ろくどうりんね)を超えることを意味するといわれています。六道とは「地獄(じごく)・餓鬼(がき)・畜生(ちくしょう)・修羅(しゅら)・人間(にんげん)・天(てん)」の六つの命の境涯のことです。
『極度の苦しみを受ける地獄』『求めても求めても満足しない餓鬼』『自らを省みることのない畜生』『虚しい争いを続ける修羅』『苦しみ悲しみの人生を送る人間』『欲しい物が手に入るが結局は老いと死から逃れることのできない天』の六つを六道といいます。
さまざまな命の境涯を生まれ変わり死に変わり輪廻しているというのが古代インドの一般的な生命観でした。輪廻している間は生きる苦しみから逃れることができません。輪廻から脱出することが当時のインドにおける宗教的課題だったのです。
輪廻といっても現代日本を生きる私たちにはいまいちピンとこない話かもしれません。しかし地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天という境涯は死んだ後だけのことでしょうか。人は一生の間にさまざまな境涯を経験します。
宝くじが当たったようなうれしいことがあれば「天にものぼる心地」と言い、争いの状態は「修羅場」、貪る人は「餓鬼」、どうにもならない苦しみは「地獄」と言います。
人は日々の生活の中で六道の境涯を右往左往しており、いつまでも苦悩から抜け出すことができないでいるともいえるでしょう。六道の境涯を超えた七つ目の生き方がお釈迦さまの生き方であり、そのことを七歩の伝説は示しているのです。
3.物思うシッダールタ
母マーヤー夫人はシッダールタを生んだ七日後に亡くなります。母の妹であるプラジャーパティーに育てられたシッダールタは王子として何不自由なく生活をしていましたが、母を亡くしたこともあってか多感な少年時代をすごします。
ある日シッダールタは農夫が畑を耕す様子を眺めていました。すると耕された畑から虫が一匹はい出てきました。その虫を小鳥がついばみます。さらに大きな鷹が小鳥を捕まえてしまいました。生き物の相食む姿を見たシッダールタは心を痛めます。
「どうしてみんな命を奪いあわねばならないのだろうか、どうしてみんな死んでいかねばならないのだろうか」
またある時、よく物思いにふけっているシッダールタを心配した父シュドーダナは息子に言います。
「王宮を出て郊外で気晴らししてくるがよい」
シッダールタが王宮の東の門から郊外に出ようとして門をくぐったところ、門の付近にいた一人の人間に視線が止まりました。その人の頭髪は白く歯は抜け皺だらけでやせ衰え苦しそうに肩で息をしています。
シッダールタは御付きの人に尋ねました。
「あそこにいる人は何者だろうか」
「あの者は老人でございます。年を重ね余命も残り少ない者です。王子様もいつかは老人となるのであります」
シッダールタは考え込んでしまいました。
「人はみな老いていくものであった。衰えていくこの身をどうしてたのむことができようか」
とても外出する気がなくなったシッダールタは王宮に引き返します。
その後南の門から出ようとすると病人を見て、西の門から出ようとすると悲嘆にくれた葬列と死人を見ます。老人、病人、死人に出会ったシッダールタは王宮に戻り、食べ物もろくに食べず考え込んでしまいます。
「誰しもが老い、病になり、死んでいかねばならぬ。
どうして人生を楽しむことができようか。何をたよりとすればよいだろうか。
このことを考えると私は苦しい。同じように皆も苦しんでいる。
この人生の苦しみを乗り越えていく道はどこにあるのだろうか」
父王に四度外出を促されたシッダールタは今度は北の門から王宮を出ます。北の門にいたのは出家者(しゅっけしゃ)でした。当時のインドには伝統的な既存の宗教にとらわれない自由な思想を持った出家者たちがいました。かれらは苦しみを乗り越えるための新しい道を求め、家業や家族から離れて修行をしていました。
まっすぐ前を見て安らかに歩む出家者の姿に感銘を受けたシッダールタは、自らの悩みを解決する道として出家を願うようになりました。
四つの門から外出しようとしてついに出家を志すようになったこの伝説は「四門出遊(しもんしゅつゆう)」と呼ばれます。シッダールタが見た老・病・死は人間誰しもが引き受けていかねばならないことです。この老・病・死に代表される人生の苦悩を乗り超えた安らぎに到達することこそがシッダールタの出家の動機であり、仏教の目的だったのです。
4.シッダールタの出家
シッダールタは父王の勧めに従いヤショーダラーと結婚しラーフラという子どもをもうけます。家族ができたシッダールタは以前にも増して苦悩しました。家族も大切であり、また出家にあこがれもする。いや、家族を愛すれば愛するほど年老いることや病気になること、そして死という別れがより大きな問題となってくるではないか。老・病・死の問題を解決するためには王家の地位も財産も家臣も役には立たない。家族でさえも……。
ある夜、ヤショーダラーとラーフラの寝室にそっと入り、眠っている二人の顔をじっと眺めたシッダールタは誰にも告げず静かに王宮を出て行きました。シッダールタは人生の苦悩を超える道を求め全てを捨てて出家したのです。シッダールタ29歳のことでした。
第3回WEB講座 お釈迦さまの生涯②
1.修行に励むシッダールタ
人生の苦悩を超える道を求めて出家したシッダールタは髪を剃り粗末な布をまとって修行の生活を始めました。まず幾人かの有名な師を訪ね禅定(ぜんじょう)(精神集中)の教えを受けます。しかしそれらの教えに満足できなかったため今度はウルヴェーラーの森に赴いて苦行の実践を始めます。
当時のインドの修行者たちは一般に禅定と苦行を行いました。苦行の基本は断食(だんじき)の行(ぎょう)です。一日一食からはじまり二日に一食、週に一食、最後には半月に一食となっていきます。食材も最初は野菜から始めだんだんと草や米汁に変えていくなど過酷さを増します。断食の行と並行して立ち続ける行、泥にまみれる行、棘(いばら)の上に座る行なども行います。寒さ暑さ、飢えと渇き、風と太陽の熱、虻や蛇に耐え抜くのが苦行なのです。
修行者たちはこのように肉体を苦しめることによって精神を自由にし真理へ到達することを目指したのでした。シッダールタの苦行は過酷を極め命を落としかけることも何度かあったようです。
2.苦行をやめるシッダールタ
6年間苦行を続けたシッダールタは考えます。
「苦行は無益である。これでは真実の安らぎに到達できない」
苦行の座から立ち上がって近くを流れるナイランジャナー河の中に入りました。苦行で痛めぬいた身を清め河から陸に上がると、一人の少女が近づいてきて言います。
「修行者さま、どうぞこの乳粥(ちちがゆ)を召し上がってください」
この少女の名をスジャータといいます。シッダールタはスジャータから温かい乳粥を受け取りゆっくりと食べて体力を回復しました。
身も心も落ち着いたシッダールタは河のほとりのブッダガヤーにある菩提樹のもとに座り、
「さとりを得るまで私はこの座から立たない」
と決心して深い瞑想に入りました。
さとりとは、真実に目覚めることです。世界の真実、人生の真実に目覚め、人生の苦悩を超えた安らぎに到達することをさとりといいます。
3.悪魔の軍勢
伝説では瞑想に入ったシッダールタを悪魔の軍勢が襲います。悪魔たちはシッダールタがさとりを得ることを怖れ、菩提樹の下から立ち去らせようとします。獣や化け物の姿をした悪魔たちは火を吐き武器を突き付けて脅かします。妖艶な魔女たちは楽器を弾き歌をうたい一緒に暮らさないかと誘います。王になる権利を与えようと唆す悪魔もいます。しかしシッダールタは動じません。業を煮やした魔王が言います。
「お前はさとりを得ることができると思っているのか。お前がさとりを開くことを証明する者は誰もいないではないか」
シッダールタは黙ったまま右手を地面に触れます。すると大地が大きく揺れ動きました。大地は揺れ動くことでシッダールタがさとりを開くことを証明したのです。大地が証人となったことを見た悪魔たちは邪魔することを諦めて帰っていきました。
この降魔(ごうま)の伝説は、シッダールタがさとりを得る前に起きた内心の葛藤を表したものと言われています。瞑想に入り世界や自己の真実を見つめようとしたシッダールタの中にわきあがってきたものは欲望や恐れでした。しかしシッダールタは悪魔の形をとった心の葛藤を退けたのです。
4.ブッダになったシッダールタ
悪魔を降したシッダールタは瞑想を続けます。そして明けの明星が水平線から現われたその時に、ついにさとりを開きました。この時、シッダールタは「目覚めたもの」を意味する「ブッダ」になりました。漢字で書くと仏(ぶつ)に成(な)る、つまり成仏(じょうぶつ)をしたのです。成道(じょうどう)ともいわれます。シッダールタが35歳のことでした。
ブッダのさとりの内容をダルマ(法)といいます。ブッダがどのようなことをさとったかについては次回以降に譲りますが、少しだけ触れると「ありのままの世界」に目覚めたということです。それは「あらゆるものごとは支え合いつながりあっている」「あらゆるものごとはうつりかわる」という世界です。
この世界に目覚めたブッダは「私」「私の物」への執著から解放されて、自他の区別を超えた絶対平等の境地、すなわち真実の安らぎに到達したのです。
5.教えを説くブッダ
伝承によると、さとりを開いたブッダはこう考えたそうです。
「私は目的を達成した。人生の苦しみを超える安らぎに到達した。このまま命を終えてしまおう」
そのとき梵天(ぼんてん)という神があらわれてブッダに告げます。
「ブッダよ、世の人々は今も人生の苦しみにあえいでいます。ブッダが到達した安らぎに至る道を人々に説いてください」
梵天の請願を受けたブッダは人びとに教えを説くことを決意しました。梵天勧請(ぼんてんかんじょう)と呼ばれるこの伝説も降魔の伝説と同じようにブッダの内心の動きをあらわしたものと考えられます。
安らぎの境地からあえて苦しみの世間に戻ろうと決意したブッダのありようを「慈悲(じひ)」といいます。
慈悲とは慈しみ悲しむ心のことです。自他の区別を超えたブッダにとって、誰かが苦しんでいることは自らの「悲しみ」となります。その悲しみは人の苦しみを取り除き安らぎを与える「慈しみ」となって動き出します。
さとりをえたブッダは生涯をかけて人々に安らぎを与えるために教えを説き続けました。
6.ブッダ最後の旅
80歳になったブッダは伝道の旅の途中で病にかかりました。ブッダの病を心配していたお付きの弟子アーナンダにブッダは伝えます。
「アーナンダよ、私は老いた。今も、そして私がいなくなった後も、自らをよりどころとし、ダルマ(法)をよりどころとして生きていくがよい」
さらにブッダは残りの命が長くないことをアーナンダに告げます。うろたえたアーナンダはブッダに哀願します。
「師よ、どうか死なないでください。私たちを指導し続けてください」
「アーナンダよ、いつも私が説いておったではないか。どんなに愛しい者も必ず別れていかねばならない。生じたものはいつかは滅びていくのだ」
伝道の旅を続けたブッダは、パーヴァー村で鍛冶職人のチュンダからキノコ料理の供養を受けます。食事をした後にブッダは下血を伴なう激しい腹痛にみまわれました。キノコ料理の食中毒だと考えられています。
パーヴァーを後にしたブッダはカクッター河のほとりで体を横たえます。命の終りが近づいていることを知ったブッダはアーナンダたちにチュンダへの伝言を託します。
「アーナンダよ、チュンダは供養したキノコ料理のことで後悔することがあってはならない、また誰かから非難されることがあってもならない。
アーナンダよ、食事の供養にはこの上なく尊い二つの供養がある。
一つはブッダがさとりをひらく時に供養された食事である。
もう一つはブッダが肉体から解放され完全な安らぎに入るとき、すなわち命を終える時に供養される食事である。
アーナンダよ、そのようにチュンダに伝えておくれ」
チュンダのことを心配したブッダは、チュンダのキノコ料理はスジャータの乳粥と同じように尊い供養であったと伝えたのでした。
休息を終えて再び立ち上がったブッダはクシナーラーにあるサーラの林に向かいます。二本のサーラの樹の間にアーナンダが布を敷き、ブッダがその布の上に頭を北に顔を西に右脇を下にして横たわります。悲しみにくれ泣いているアーナンダにブッダが呼び掛けます。
「アーナンダよ、悲しむでない。嘆くでない。
アーナンダよ、いつも私が説いておったではないか。
どんなに愛しい者も必ず別れていかねばならない。生じたものはいつかは滅びていくのだ。
アーナンダよ、そなたは長い間よく尽くしてくれた。そなたの働きはまことに慈悲にあふれた、善意にみちた、心楽しい、比ぶるもののないものであった」
そして集まった人々に対して最後の言葉を伝えます。
「もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく精進しなさい」
そう言ってブッダは息を引き取りました。命を終えるその瞬間まで人々に安らぎを与え続けたブッダの80年の生涯はまさに慈悲の生涯でありました。
第4回WEB講座 縁起の教え
1.お釈迦さまの悟り
お釈迦さまは菩提樹の下で「縁起(えんぎ)」という真理に目覚めました。
縁起の教えは、あらゆる時代やあらゆる場所に通じる普遍的な真理であり、世界や人生、私自身の真実のあり様を示すものです。この真理に目覚めたことでお釈迦さまは人生の苦しみを超えた安らぎに到達したのです。
今回は仏教の根本的な思想であり、まさにお釈迦さまの悟りの内容であるともいわれるこの縁起の教えについて考えてみます。
2.縁起の教え
縁起とは「縁(よ)って起(お)こること」あるいは「縁って起こっている状態」を意味します。あらゆる物事は原因や条件によって生じ存在しているという原理であり、言い換えれば「すべてのものは関わり合い、つながり合い、支え合っている」ということです。
一輪の花は、花それ自体で成り立つものではありません。種や水、光、空気、土などがあってはじめて花が咲きます。種がなければ花は咲きません。種があっても水がなければ花は咲きません。条件が揃えば生じ、条件が揃わなければ生じない、という法則が縁起なのです。
ところで、一輪の花に影響を及ぼすのは花の近くにあるものだけではありません。花に影響を与える土は地球の一部です。地球は太陽から影響を受け、太陽は銀河系の星々から影響を受けます。このように順々に影響の元をみていくと、一輪の花は全宇宙から影響を受けていることになります。
同様にまた、一輪の花は周りに影響を与える存在でもあります。一輪の花が与える影響もまた順送りに全宇宙に及びます。
つまり「一輪の花は全宇宙に支えられ、全宇宙は一輪の花によって支えられている」ともいえるのです。
あらゆる存在がつながりの中で一つにとけあった縁起の世界。これこそが世界のあるがままの姿であると、お釈迦さまは目覚めたのでした。
3.「私」への執著
私たち人間の抱える苦しみはこの縁起の法に目覚めていないために起こる、と仏教では考えます。
私たちはつながりの中にいる存在でありながら、そのことに気が付かず「私は独立した存在だ」と考えています。それは波が大海の中にありながら「この波だけが自分である」と思い込んでいる姿に似ています。波は大海の一部であり、大海から生まれ大海に帰っていく存在です。それにもかかわらず波が波であることに執著していては、波の形が変わること、いつしか波が消えていくことに苦悩を感じてしまいます。
私たちは「独立した私」に執著しているために「私は一人で生きている」「これは私の物である」「私だけが特別で大切な存在である」と思い込み、そこに摩擦や矛盾、争いが起こっているのです。
4.大いなるつながりの中を生きる
菩提樹の下で縁起の法に目覚めたお釈迦さまは、小さな個としての「私」を超えて大いなるつながりの中を生きるブッダとしての新しい生き方を始めました。
それは、あらゆる執著から解き放たれた生き方であり、自他の区別を超えて他者の喜びを我が喜びとし他者の悲しみを我が悲しみとする生き方でした。
縁起の教えにもとづいたブッダのあり様こそが、人生の苦しみを超えた安らぎの姿であり、真実の命の姿、真実の生き方なのです。
第5回WEB講座 諸法無我・諸行無常
1.ありのままの世界
諸法無我と諸行無常という言葉はありのままの世界をあらわす仏教の言葉です。これらの言葉は「すべてのものは関わり合い、つながり合い、支え合っている」という縁起の教えを別の角度からあらわしたものでもあります。今回はこれらの言葉について考えてみます。
2.諸法無我
諸法無我とは「あらゆるものに我(が)は存在しない、あらゆるものは我ではない」という意味です。この言葉には大きく二つの意味があると考えられています。
一つには「どこを探しても『私』は見つからない」という意味です。いったい「私」はどこにあるのでしょうか。「私」を「私」たらしめているものは何でしょう。生まれてから死ぬまで変化せず、これこそが私だといえる部分はどこにあるのでしょうか。
体こそが「私」だという人がいるかもしれません。しかし、体は絶えず変化をしています。体を構成する細胞は生まれては消え生まれては消え、どんどんと新しい細胞に置き換えられていきます。体と同様に心も変化しつづけます。花を見れば美しいと思い、水に触れれば冷たいと感じる。周りの環境によって私たちの心は次から次へと変化するのです。
体も心も常に変化し続けるものであって、「生まれてから死ぬまで変化することのない『私』」というものはどこを探しても見つかりません。ところが、私たちは「私」という確固たる存在があると思い込んで生きています。そこに「私こそが大切」「私の物」という苦悩の原因となる迷いが生まれるのです。
諸法無我のもう一つの意味は「永遠不変な実体は存在しない」という意味です。あらゆる物事は周りの環境から影響を受けています。それ自身で成り立っている存在はありません。
一輪の花は、その花以外の全宇宙によって支えられて咲いています。花だけで花であることはできません。花という永遠不変の実体があるのではなく、全宇宙の支えによって花という状態がこの瞬間に保たれているだけなのです。花を成り立たせる条件が変化すれば、花という状態を保つことはできません。
永遠不変な実体などどこにもないのに、花という実体がある、宝石という実体がある、地位、名誉、喜び、苦しみ、という実体があると思い込んでいるために、そこに執著が生まれるのです。
花も宝石も名誉も、何らかの原因と条件によって成り立っている状態にすぎず、環境が変化すれば状態も変化する、とありのままに観察することが執著からの解放につながるのです。
3.諸行無常
諸行無常とは「あらゆるものは常に変化してとどまることなく、生じたものは必ず滅する」という意味です。
無常は無我とセットの教えです。永遠不変な実体などない無我であるから、あらゆるものは常に変化し続ける、つまり無常である、となります。
わが身もわが心も常に変化しつづけます。友人・財産・組織・常識、あらゆるものごとは変化するのです。大切なものほど、いつまでもそのままであり続けてほしいと願い、あり続けるものと思い込んでしまいがちな私たちです。その思い込みによって、思い通りにならない現実に直面して苦悩が生まれるのです。
ものごとの本質的なあり方に気づき、執著から離れてありのままの現実と向き合って生きよ、と説く教えが諸行無常なのです。
第6回WEB講座 四苦八苦①
1. 私たちを苦しめるもの
仏教には一切皆苦(いっさいかいく)という言葉があります。一切皆苦とは「迷いの生き方をしている限り、人生は思い通りにならず苦しみに満ちている」という意味です。
「苦」という言葉には「苦しみ、悩み」という意味とあわせて「思い通りにならない」という意味も含まれています。思い通りにならない現実に直面した時に人は苦悩するのです。
では、私たちが人生で出あう苦にはどのようなものがあるでしょうか。私たちを苦しめる現実とはどのようなものでしょうか。人間には八つの苦しみがあるとお釈迦さまは説かれました。今回は八つの内の四つ生苦(しょうく)・老苦(ろうく)・病苦(びょうく)・死苦(しく)について考えてみます。
2.生苦・老苦・病苦・死苦
生苦・老苦・病苦・死苦の四つの苦しみをあわせて四苦(しく)といいます。
「生・老・病・死」は命のありのままの姿であり、同時に、思い通りにすることのできない苦悩の元でもあります。
「生」とは、生まれること、命の誕生です。私たちは生まれる、ということについて何一つ自分の思い通りにすることができません。生まれる場所や時代、顔かたち、能力、親、家庭を自分で選んで生まれてきたわけではありません。私たちは"I was born." 、受身形で生まれてきたのです。
生まれてきたことをありのままに受け入れることができないところに苦しみが起こります。「もっといい家に生まれてくればよかった」「もっと鼻が高く生まれてくれば…」「いっそ生まれてこなければ…」と思い通りにならないことを苦悩するのです。
「老」とは歳を重ねること、「病」とは心身が不調になること、「死」は命を終えることです。人は生まれたその瞬間から歳を重ね心身に不調をおこしながら死に向かっている存在です。生まれてきた命は常に「老・病・死」を抱えて生きています。
ところが、このような命のありのままを認めようとしたがらないのもまた私たちの姿です。私たちは「若く」「健康」で「生きている」ことが何よりも良いことであると考えています。これは多分に生物的な考えの傾向なのでしょう。野生の厳しい生活では、若く健康で生きていることを良しとする者が生き残りやすく、また子孫を増やす機会が多かったであろうことは想像に難くありません。
子孫を増やすことに適しているこの「若・健・生」の考え方は、一方では、私たちに安らぎを与える考え方ではないかもしれません。若さと健康に執著することは「老・病・死」を抱えている我が身を否定することになります。自らのありのままの姿を認めず「こんなはずではなかった」と現実との摩擦を起こすところに苦悩があらわれるのです。
第7回WEB講座 四苦八苦②
1.四苦八苦
生苦・老苦・病苦・死苦の四苦に愛別離苦(あいべつりく)、怨憎会苦(おんぞうえく)、求不得苦(ぐふとくく)、五取蘊苦(ぐふとくく)の四つを加えて八苦(はちく)といいます。
一般にいわれる四苦八苦(しくはっく)という言葉はこの四苦と八苦に由来しています。今回は生老病死以外の四つの苦しみについて考えてみます。
2.愛別離苦と怨憎会苦
愛別離苦とは「愛するものと別れる苦しみ」のことです。楽しい時間は必ず終りがきますし、愛する家族ともいつかは別れていかねばなりません。財産・地位・能力、大切なものであればあるほど喪失の悲しみは大きくなります。
怨憎会苦は「怨(うら)み憎(にく)むものと出会う苦しみ」を意味します。怨み憎む人、嫌いな人とも会わなければならない苦しみのことです。会うことが苦になる対象は人だけではありません。苦手な食べ物もそうですし、突然の災害や事故などもそうです。私たちは生きているうちに「こんなことが起きなければよかった」と思わざるをえないさまざまな出来事と出会っていきます。
愛別離苦と怨憎会苦は互いに関連しています。苦の表と裏であるともいえるでしょう。そもそも「これは大切なものである、愛しいものである」「あれはムダなものである、憎らしいものである」と考えるのは、私の価値基準で判断していることです。事物そのものに「大切なもの」「ムダなもの」「愛しいもの」「憎らしいもの」という属性はありえません。
私たちは自分の勝手な価値基準で事物を愛しい対象と憎らしい対象とに分けて、「愛しいもの」には会いたいと願いながら別れて苦しみ、「憎らしいもの」には出会いたくないと願いながら出会っては苦しんでいるのです。
価値判断をしなければ、さまざまな人や出来事と出会いそして別れていくという人生のありのままの姿があるにすぎません。自らの価値基準に執著するゆえに苦悩となるのです。
3.求不得苦
求不得苦とは「求めても得られない苦しみ」のことをいいます。自らの欲望にふりまわされている状態です。あれが欲しいこれが欲しいもっと欲しいと貪る心はいつまでも満たされることはありません。欲しいものが手に入らないと怒りの心が生じます。欲望の水に溺れ、怒りの炎に焼かれている状態が求不得苦なのです。
4.五取蘊苦
ここまでみてきた七つの苦を総括したものが五取蘊苦です。「五蘊(ごうん)に執着する苦しみ」言い換えると「『私』や『あらゆるものごと』に執著する苦しみ」を意味します。五蘊とは物質と四つの精神作用をあわせた五つの要素のことで、「私」も「あらゆるものごと」も五蘊によって構成されています。
全ての物事はうつりかわるものであり実体がないもの、つまり無常で無我なものです。ただ条件が整っているときにだけ五蘊が仮に集まって或る状態が生じ、条件が変化すればまた状態は変化していくものです。無常で無我である「私」や「あらゆるものごと」に執著するところに人の苦しみがあるのです。
八つの苦は全て「あるがままの世界」と「執著・価値判断・欲望」が矛盾を起こすところに生まれています。執著・価値判断・欲望は心の中にあります。私たちは自らが作り出した苦に苦しめられているのです。苦しみを生み出している自分の心を正しく観察することが安らぎへの道となります。